人と自然と歴史文化が共存する岐阜のまち

都市のど真ん中に原生林と清流
原生林の金華山の山頂には、信長公ゆかりの岐阜城を仰ぐ。
中心部を貫流する長良川河川敷の高橋尚子ロードの近くで毎年アユが産卵する。
夏場(5月11日~10月15日)には1300年の歴史を有する鵜飼絵巻が繰り広げられる。
かつて、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが岐阜の地に訪れた時、
織田信長公いわく、 “美濃(岐阜)へは何度でも訪れよ”。

名古屋まで電車で約20分足らず

市内各地区で進む協働のまちづくり
市内には、合併前の村など独自の歴史文化を有した地区など、旧小学校区を単位に、50の地区があります。
岐阜駅から北へおよそ8kmの岩野田北地区は、旧岩野田村が昭和24年7月1日に編入され、
その後人口の増加に伴い、昭和55年に岩野田北と岩野田の両地区に分離し、今に至ります。
歴史文化と自然が、そこかしこに息づくとともに、医療機関やスーパーなど生活利便施設に恵まれた地区です。
岩野田北地区の地域力を高め、他の地区とともに、40万都市の魅力アップに向けて協働のまちづくりを推進‼

▲満開の友好庭園から仰ぐ岐阜城【令和2年4月3日】

▲斎藤道三は鷺山(写真中央上部・標高68m)に隠居し、岐阜城の息子・義龍と、長良川をはさんで対峙することとなる(1556年)【令和元年11月7日】

▲保育園児も登山に挑戦して訪れます【令和元年11月7日】